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大胆不敵な初老の男

kopenick


ベルリンの通りで、一人のプロシア軍将校が1小隊のところへ
つかつかと歩みよるなり、尊大な口調で次々に命令を発し始めた。
将校の命令とあって、下士官も疑問は差し挟まず、言われるままに命令を聞きき、
彼は、郊外のケーペニック市行きのバスを止め、兵士達を中に押し込んだ。

続いて将校は、ケーペニック市役所へ兵士達を引き連れ、
市長室に乗り込み、声を高らかに宣言した。
「お前を逮捕する!」
将校の威圧的な態度に気をのまれた市長はやっとの思いで訪ねた。
「逮捕状はお持ちでしょうか」
それを聞いた将校は
「逮捕状は、ここに控える兵士達である!」

将校はそれから、市役所の会計係に命じて金庫にあった現金すべて
4000マルクを引き渡すように命じ、「公式」の領収書を発行した。

市長とその妻(市長代理)が市役所の外に出され、
兵の監視下に置かれる。将校は兵士達に30分だけ
持ち場を守るようにいいつけ、金を持って立ち去った。



この将校、実はヴィルヘルム・フォークトという
前科者の靴直し職人だった。

フォークトはプロシア将校の口調と物腰を軍靴修繕の
徒弟をしていた時に覚え、軍服を用意し、
制服の権威に弱い人の心理をたくみに利用したのだった。

それから10日後警察がフォークトの屋根裏部屋に踏み込まれ、
逮捕。4年間の入獄が決まった。

しかし、彼の大胆な手口は大衆の間で広く人気と共感を博し、
当時のドイツ皇帝ウィルヘルム二世が気に入り、彼を赦免した。

その後彼は出所後、自分の事件を本にして出版し、自ら舞台で演じたり、
将校姿の自分の絵をサインつきで売った。
また、ベルリンに住むある大金持ちの未亡人が彼の大胆さに
感心して終身年金を提供したという。

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テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

他人の名で有名に成りすぎた男





人は1つの道を決め、その道を歩んでゆく。
しかし、ファーディナンド・ウォルドー・ディマーラは一つの道では満足できなかった。
彼はあらゆる道を歩みたかったのだ。

史上最大のペテン師の一人ディマーラは、神学者や心理学者、哲学者、外科医になりすましたのである。

アメリカ海軍と陸軍の両方から脱走後、哲学博士「ロバート・リントン・フレンチ」を名乗り
1941年にケンタッキー州のとある修道院に潜り込んだ。
 ディマーラはすべての戒律にしたがったが、節食のつとめだけは別だった。
食物を盗み食いし、ブドウ畑の野良仕事に出されると、これはチャンスとばかりに
もう一人の修道僧を誘ってブドウをたらふく腹に詰め込み、
その間だけは沈黙の誓いを守った。
そして彼らの行いが露見すると、共犯の修道僧は懺悔をして院に残ったが
ディマーラはさっさと修道院をとびだしてしまった。


人を言いくるめだますペテンは実力のなさからバレないように
見せかけ以外のことはやらないものだが、ディマーラは
実力さえもがペテンの一部なのだ。それだけに有名になればなるほどピンチはやってくる。


一夜漬けの名歯科医

それは1952年、彼の最も華々しいペテンの最中だった。
ディマーラはそれ以前より、朝鮮戦争中に医者の友人の申請書類を預かりごまかし、
自分の物として医師会に持っていき、その友人「ジョセフ・シール」に成り済ましていたのである
そしてその免許状で、カナダ海軍の軍医中尉の役にありついていた。

カナダ戦艦カユガ号に船医として乗り込んだ彼の初仕事は艦長の歯を一本抜く事だった。
もちろんそれまで抜歯の経験等ないディマーラは、一晩かかって歯科医師の教科書を
読破した。翌朝、艦長に麻酔剤を1本打つと、彼は手際よく歯を抜いた。

それ以後彼は、内科、外科を問わず見事な医術の腕を発揮した。
最初の大手術は重傷を負った韓国兵が運ばれてきたときだった。
その一人は、心臓の近くで縦断が止まっていた。大勢の船員が見守る中で、
ディマーラは熟練の医師のように執刀した。
そして12時間後、負傷兵は船を降りる事ができた。
 ディマーラは1週間後、下船してその負傷兵のもとを訪ねていき、
陸地に医療施設がまるでないのを知って、自分で診療所を始めた。
助手も看護士もなしに彼は毎日、手足切断などの大手術を手がけた。


彼にとって不都合だったのは、カユガ号には極東における
海軍かつ活動のための広報係が乗り込んでいた事だ。
ディマーラの医療活動は若い医師の英雄的業績として
パンフレットや新聞、ラジオで宣伝されてしまった。

この話がアメリカとカナダの新聞で取り上げられてから1週間もしないうちに
ディマーラは艦長室によびだされてしまった。
艦長は困惑した様子で「本国から訓電がきている」と言った。
そこにはこう書いてあった。
「軍医中尉0-17669号ジョセフ・C・シールはいかさま師であると
 いう情報がある。即時、任務から解任せよ。調査の上、
 オタワ市海軍軍務局長へ報告せよ」
記事はカナダの新聞に掲載され、本物のシール医師の目にとまったのだった。
彼は海軍の名医が、かつて親しくしていたセシル・B・ヘイマンという名の
名医と同一人物であるのに気がついた。
さらに悪い事に、ケンタッキー州に住む本物のヘイマン医師が
ディマーラは詐欺のため、セントルイス大学から放校された
男ではないかと言い出したのである。

ディマーラはカナダへ送還されて、あらゆる報酬の支払い停止と
国外追放の処分にあった。


英雄の化けの皮

しかし!ディマーラの冒険はこれで終わりではなかった。

カナダを追放されると、たちまち彼は体験談を雑誌に売り、金を得た。


それから町から町へと渡り歩き、テキサス州ヒューストンへとたどり着いた。
ちょうどこの町では刑務職員を募集していたので早速
ベン・E・ジョーンズと名乗って早速刑務所に職を得た。

いつもの通り、彼はこの仕事にも見事な適正を発揮した。
収監者のための学習クラスやスポーツデーが、彼の発案で始められた。
彼の仕事ぶりはたちまち、テキサス州刑務所管理局長O・B・エリスの目にとまり
エリスは凶悪犯を収容するハンツビル刑務所の改革案をの実行を彼に任せた。

ディマーラは新しい任務に心を込めて取り組み、囚人の役に立つ日課を決め、
社会復帰教育などをほどこし、映画の上映を手配した。

輝かしい成功の絶頂で、またも破局が訪れた。
ある日、一人の囚人が雑誌を読んでいて、
ベン・E・ジョーンズとはファーディナンド・ウォルドー・ディマーラ、
別名、ジョセフ・C・シール、セシル・B・ヘイマン等等
であることを発見したのである。
エリスは刑務所役員を集めて、ディマーラに査門にかけた。
雑誌を突きつけられるとディマーラは即座に自分ではないとはねつけた。
彼は、自分よりも囚人の言う事を信じるのかと責め立て、
信用しないなら決闘も辞さないと言い放った。

しかし彼の空威張りは長くは続かなかった。

もしディマーラが過去を洗い流し、正真正銘の身分証を持ってくれば
喜んで迎え入れようとエリス管理局長をはじめ、
ディマーラをつかったほとんどの人が考えたがやむなく解雇することとなる。




ディマーラのように疑いなく才能に恵まれた才能をもつ人間が
なぜ本当の資格をとろうとしなかったのか?
かつてディマーラはこう訪ねられると上機嫌でこう答えた。

「悪党だよ。俺はただの悪党なのさ」

彼は後に本物の牧師の資格を取り、
稀代のペテン師は牧師として本物の身分を手にしたのだった。

 





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世界中の好奇心をかき立てるお話。

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